茶室「酩亭」

かつて抹茶は、人を異世界にいざなう嗜好品だったのをご存知でしょうか?

魑魅魍魎跋扈する戦国の世に、生きるか死ぬかの瀬戸際をいかにして泳ぎきるかは、全ての武士にとって大きな課題だったはず。血で血を洗う戦闘、嘘、裏切り。そんなあらゆる人間不信の中で、刀を脱ぎ、ほっと息をつくわずかな時間。その演出に大きな役目を果たしたのが、茶の湯でありました。現代のような刺激物は限りなく少ないその時代に、命を賭す武将たちが茶の覚醒作用や酩酊効果、そして茶の湯の美に耽溺したのも無理のないことです。現代にも伝えられる茶の湯の危うげな美しさは、幾多の侍の血で真っ赤に染まった平原から生み出された罪深き文化なのだと断言することができましょう。茶の湯は、明日をも知れぬ世を生き抜くための、刹那の「トリップ」だったのです。

茶道のマナーや教養としての側面ばかりが取りざたされる昨今、原点に立ち返り、「茶聖」千利休に思いを馳せましょう。425年前、茶の湯の美による支配が、武力での統治を上回ったために、千利休は豊臣秀吉に切腹を命じられました。美が政治を超越する。そんな時代が未だかつてあったでしょうか。それは、人間の知性の勝利だとも言えるのではないでしょうか。

21世紀に生きる何もかも満たされたわれわれが、利休を思ってできること。見えない世界を見ようとして目を開き、耳を傾けること。注意深く、美を探ること。

それを手助けしてくれるのは、この現代では茶ではなく、酒なのかもしれません。日本人の心性を司る米で作られた透明な液体。ひとくち、ふたくち含めば、沈みがちなときでも途端に陽気さを取り戻して、踊りながら岩戸を開けてしまうような明るさ。

この場所は、現在は寄居町に移ってしまった「鬼面山」の藤崎摠兵衛商店の酒蔵があった土地です。酒造りのために関西から11人の杜氏をを呼んだことから、地元では「十一屋」の通称で知られています。

この茶室は、3つの巨大な酒樽が使われています。香り高い杉で組まれたこの樽で一体どれだけの酒が作られ、どれだけの人の心を慰め癒したのでしょう。米と茶。日本に生きる人々の魂を支える2つの嗜好を越境して、思いを巡らせていただければ幸いでございます。小堀芙由子の点てる茶の一服が、死後いつか達するであろう桃源郷へのいざないとなることを願って。「酩亭」にて浮世を忘れてお楽しみくださいませ。


Date: September 2016

Venue: Juichi-ya, Onishi Gunma

Artist: Kjell Hahn

Photo: Kejll Hahn